カナダ旅日記

現地密着取材!- バーンロムサイを訪ねて
〜タイのHIV感染児の家〜


★小さな村の大きな家

タイの二番目に大きな都市、チェンマイ市内から15km南下したところにあるナンプレー村。空き地では水牛がのんびり草を食み、小さな店がぽつんぽつんと建っている。舗装されていない土ぼこりの舞う狭い道を入ると、そこにバーンロムサイ(タイ語で「ガジュマルの木の下の家」)があった。 タクシーから降りると、子どもたちがすぐに駆け寄ってきて、小さな両手を胸の前で合わせ「サワディー(こんにちは)」とご挨拶。はじけるような笑顔で、私たちを出迎えてくれた。それから、われもわれもと奪い合うようにスーツケースやバッグを肩にかついで、ゲストハウスまで運んでくれた。

ここは、胎内でHIV母子感染し、両親はエイズで死亡したか、行方不明という孤児たちの施設「バーンロムサイ」である。しかし、この施設は「孤児院」と言うより、大勢の家族が生活する「家」と呼ぶほうがふさわしい。オープンエアの風通しのよい広い2階の食堂で、子どもたちと夕食を共にした。可愛い3才のアーパイちゃんの隣には、年上の女の子が座って、ちゃんと食事の面倒を見ている。食欲旺盛なタムくんは、空になった皿を持って、お代わりをしにキッチンへ行く。子どもたちは屈託なくおしゃべりをしたり、ふざけたり、笑ったり、底抜けに明るく元気だ。

人見知りしない彼らは、夫と私のことをポー(お父さん)、メー(お母さん)と呼んだ。私が覚えたてのタイ語で、「アローイ(おいしいね)」と言うと、日本語で「オイシイ」と答えが返ってきた。10才になるメイレックは、日本へ行って、タイの伝統舞踊を披露したことがあるので、片言の日本語がわかる。

食事が済んだ子は、すぐに皿洗い。小さい子は踏み台の上に立って、慣れた手つきでコップやお皿を次々と洗っていく。洗った食器をかごに入れる係りの子。大人の手を全くわずらわさない、実に感心な子どもたち。

バーンロムサイで1日1日を輝きながら生きている孤児たち。彼らの生活の場を提供し、大黒柱として大きな家を運営するのは、東京出身の名取美和さん。3才から15才までの30人の「メーミワ(美和母さん)」であり、26人のタイ人スタッフと5人の日本人スタッフにとっても、頼りになるメーだ。


★笑顔のためにできることは…

美和さんの父親、名取洋之助氏は1928年にドイツへ留学し、その後ミュンヘンを拠点にフォト・ジャーナリストとして名を上げ、LIFE誌の表紙を飾った日本人写真家第一号である。母親、名取玖(たま)さんは大正から昭和時代にプロレタリア作家として活躍した宮嶋資夫(すけお)氏の長女。

また、祖父も明治時代にニューヨークのコロンビア大学へ留学し、実業家として成功した人である。このようなエリート一家に生まれた美和さんだからこそ、幼い頃からハイカラな西洋風の暮らしぶりは、ごく普通のことであり、弱冠16才でドイツへ留学したというのも、納得できる。

成人してからは、日本とヨーロッパをまたにかけ、ドイツ語の通訳やCM撮影のコーディネーターとして活躍しながら、結婚、出産、離婚と人生の山や谷をくぐりぬけてきた美和さん。チェンマイでHIV感染者のためにボランティアとして働いていたドイツ人医師の友人を訪れたことがきっかけで、1999年11月にバーンロムサイを開設した。

荒れ放題だったラムヤイ(ロンガン)の果樹園に水を引き、芝生を植え、子ども寮棟、食堂、スタッフ寮棟、事務所、ゲストハウスなどをデザイナーの娘さんと共に設計し、すべてゼロからの出発だった。

エイズを持った母親の胎内でHIV感染する確立は、意外に低くて30%である。その30%の運命を背負い、HIV陽性として生まれたきた子どもたち。現在はすぐれた抗HIV療法のおかげで、薬を飲み続けている限り、エイズは発症しない。しかし開設から3年目までは、薬がなかったために、10人の幼い命が消えていった。「15才の男の子は、今までの薬が弱くなってしまったので、アメリカ製の強い抗HIV剤を飲み始めました。彼ひとりの薬代が、1ヶ月1000ドルかかります。でも今のところは、薬の費用はタイ政府からの援助で、すべて賄っているので、わたくしたちは、とてもラッキーです」と美和さん。

夜7時になると、広間で歓声を上げながら遊んでいる子どもたちが、潮が引くように、次々と2階のキッチンへと上がっていく。薬の服用時間なのだ。朝晩7時、1日2回の抗HIV剤を飲む子どもたち。ひとりずつ、特別に調整されたカクテルである。3回飲み忘れると、エイズを発症してしまう。

薬を飲み終えると、それぞれが自分の部屋(一部屋4人ずつ)へ戻り、静かに時間を過ごして就寝。子どもたちは自分がHIVに感染していることも、エイズの恐ろしさについても、充分理解している。美和さんは言う。「抗HIV療法の薬は副作用があるし、これから先、もっと強い薬が必要になってくる可能性もあります。でも今、元気に学校に通っている子どもたちを見ていると、彼らには将来の夢があり、今の幸せな毎日を大切にしてあげたい。だから今後、エイズウィルスのもっと良い治療薬が開発されることに希望を託して、抗HIV療法を続けているのです」


★地域活動を広げて

1981年にエイズが世界に認知されて以来、1984年、タイ全土ではHIV感染者は100万人を越えていた。しかし、タイ政府が国ぐるみのHIV/AIDSの治療や予防対策を進めてきたおかげで、1991年には新たなHIV感染者が14万3千人、2003年には1万9千人と年々減少している。

それでも現在、人口6千500万人のタイ国内には100人に1人の割合でHIV/AIDS感染者がいる。そのうち抗HIV療法を受けているのは、わずか30%。これから政府、NGO、支援グループがお互いに協力しながら、エイズ問題を一つずつ解決していくのは、長い道のりだろう。

ところで驚くべきことに、先進国の中で、HIV感染者の数が年々増加している唯一の国は、日本である。2006年には感染者が1万人を突破し、年毎に1100人ずつ増えている。

HIVの感染経路は性感染、血液感染、母子感染の3つ。性感染の最も効果的な予防はコンドームだ。バーンロムサイでは、手作りのクマの小さな人形とペアにして、Miss Condomとネーミングしたものを各地に配布している。

「タイでは女性からコンドームを使うように言えない風潮があり、エイズ予防のために、女性が持っていても恥ずかしくないようなコンドームにしました」

かつてナンプレー村の小学校に通っていたバーンロムサイの子どもたちは、他の生徒の父母たちからHIV感染を恐れられて、退学になった経験がある。だから、今はミニバン2台に乗って、27人がチェンマイ市内の学校まで、毎日30分かけて通っている。

「そのナンプレー小学校に、実は22名ものHIV感染児童がいることがわかり、これまでうちの子たちを拒否していた村の人たちが、SOSを発信してきたのです。村にはエイズで亡くなった人が、100人以上もいました」

村の人たちとの交流が始まった現在、バーンロムサイではクレジット・スイス銀行の寄付金をもとに、図書館とコミュニティーホールを建設中である。

「子どもたちの健康が安定して、少し余裕ができたので、これからはもっと地域に向け、エイズ啓発をするつもりです」と美和さんは語る。


★本当の幸せのかたち

「バーンロムサイがここまで来れたのは、3つの要素があったからです。1つ目は愛情、2つ目は時間。つまり、子どもたちを育てる時間、一緒に過ごす時間です。そして3つ目はお金。多くの会社や団体から経済的な援助があってこそ、こうして子どもたちに幸せな毎日を送らせることができたのです」 「充分に愛されて、チャンスを与えられ、幸せな毎日を過ごすことができる環境で育った子どもは、生きる歓びを知っている大人になり、人生の壁にぶつかっても、それを乗り越えていけるはず」という美和さんのフィロソフィーは、彼女自身がこれまでに歩んできた人生の教訓そのものだ。

子どもたちが「海を見たい!」と言えば、30人全員を連れて海へ行き、ときにはチェンマイの町に皆で繰り出して外食したり、映画も見に行く。毎年6人の子どもやタイ人のスタッフと一緒に日本を訪れる。

寄付に頼るだけでなく、運営費を少しでも自分たちの手で稼ぎ、将来子どもたちが自立していけるようにと、草木染や手織りの衣類や雑貨を作り、カタログ販売も3年前から始め、順調に収入を伸ばしている。

敷地内にあるゲストハウスは現在2棟だが、もう1棟を建築中だ。このゲストハウスは美和さん自身の設計で、ヤシの葉でふいた大きな屋根の下にリビング、ダイニングルームがオープンエアの広々とした空間にある。シンプルながらも、清潔で心地よいゲストルーム。豊かな緑と輝く太陽の下にあるゲスト専用のプールやサウナルーム。まるでリゾート地の趣である。ゆったりと流れる時間の中で、心も身体も癒される。しかも、このゲストルームの宿泊費が、バーンロムサイを支援することになっているのだ。

思ったことをストレートに言い、そしてストレートに実行してきた美和さんは、無駄なモノ、贅沢なモノをどんどん削ぎ落としていって「わたくしの全財産は、スーツケース2つに収まってしまうの」と笑う。 バーンロムサイでは30人の天使たち、笑顔の美しいスタッフの人たち、7匹の猫ちゃん、4匹のワンコ、1匹のぶーちゃん(本物の豚)が、美和さんを中心に楽しく、幸せに、元気いっぱい生活している。

彼らから「生きること」と「本当の幸せのかたち」を教えてもらった。

初出:「日加タイムス」 2007年3月9日号

バーンロムサイ関連書籍

・「生きるって素敵なこと! 〜名取美和が問いかける幸せのかたち〜」
 佐保美恵子:著 講談社 1400円(2003年12月1日初版)

・「ガジュマルの木の下で 〜26人の子どもとミワ母さん〜」
 名取美和:文 奥野安彦:写真 岩波書店 1700円(2002年11月20日初版)

・「プロイ 〜HIV母子感染孤児プロイへの手紙〜」
 会田法行:文・写真 ポプラ社 1300円 (2006年8月初版)

バーンロムサイ所在地:
23/1 Moo 4 T. Namprae, A. Hangdong, Chiangmai, 50230 Thailand

ウェブサイト(日本語): http://www.banromsai.jp



ホーム戻る

Copyright (C) 2001-2007 Yumi Schemmer. All rights reserved.
This site best viewed using 800 x 600 screen resolution and True Colour display.