カナダ旅日記

北京紀行


 2008年の北京オリンピックを前に、超スピードで近代化の進む中国が、今、注目を浴びている。その現状をこの目で見ようと、我々家族も正月前に、日本への里帰りを兼ね、初めての北京・上海6日間ツアーに参加した。

 名古屋から空路3時間弱で、昼ごろ北京に到着。まず、モダンなエアポートの装いに驚く。空港で出迎えてくれた張さんが、これから3日間のツアーガイドだ。彼は日本を一度も訪れたことがないそうだが、北京の天候について、通貨の情報、交通事情などを流暢な日本語でいろいろ説明してくれた。さすがにツアーガイド歴7年目だけある。

あふれるマン・パワー!

 まずは擁和宮という中国屈指のラマ教寺院へ。ダライ・ラマが座るという立派な椅子を拝見した後、バスで故宮の北にある景山公園へ行き、小高い見晴らし台まで上る。頂上から故宮の幾重にもつながる甍(いらか)が、傾きかけた西日に輝き、スケールの大きさに目を見張った。

それにしても、北京の寒いこと!日中の気温はマイナス2度前後。数日前に降った雪のおかげで、人々は雪 かき作業に忙しい。お粗末な小さなシャベルで、雪を竹かごに一旦入れ、それを二人で運んでトラックに集める。こんな気の遠くなるような手作業の雪かきを、何十人という人々が公園や観光地で黙々とやっている。制服姿の中国兵たちが、雪かきする姿も見た。

ああ、カナダだったら、大きな雪かき車で、あっという間に終わるのに。北京市だけで人口は1千万以上。 労働力は、いくらでもある。どんな単純な労働であろうと、人民を雇うことが、国の義務なのだろう。 店やレストランには、客の数より多いスタッフがいて、サービスがしつこいほどだ。

 特にみやげもの屋では、ぶらぶらと眺めているだけなのに、後ろから店員がついてきて、さかんに日本語で話しかけてきた。

万里の長城

 月から見ることのできる唯一の地上最大の建造物、万里の長城は東は渤海湾から西はシルクロードのゴビ砂漠まで約6000km続く。観光地として便利なのは、北京の郊外70kmに位置する「八達嶺長城」だ。

 快晴の青空の下に立つと、標高1000mのため、冷たい風が吹きまくり、体感気温はマイナス20度!ブーツの中の足と手袋の中の指が、急激にかじかんで無感覚になっていく。

 長城入り口から右側は女坂、左は男坂と呼ばれ、もちろん観光客のほとんどは、傾斜がゆるい女坂を歩いている。傾斜がゆるいといっても、ところどころカチカチに凍った滑りやすい雪が残っていたり、急な上りがあったりで、足元がおぼつかない。

 花崗岩石と焼きレンガで作られた城壁は、尾根の上を蛇行し、烽火台や望楼が各所にある。道幅は意外に広く、馬が5頭並んで歩けるほどだ。

 本当は2つ目の望楼まで歩きたかったのだが、あまりの寒さに夫と私は断念し、引き返すことに。帰り道の急な下り坂は、壁の手すりをしっかり掴みながら、肌が切れるような風の中をそろりそろりと歩く状態だった。

 建築の歴史は紀元前にまでさかのぼり、長城が完成したのは、15,6世紀の明代。数百万人という農民や奴隷たちが動員され、厳しい気候に耐えながら、この山岳地帯でどんな思いで働いたのだろう。

「ラスト・エンペラー」の舞台

 「天帝の座」を意味する紫禁城として、明・清時代の24代にわたる皇帝が500年余り居住した宮殿で、建坪16万平方メートル。約700の殿閣には、なんと9000以上の部屋があり、現存する世界最大の宮殿建築だ。

 正面の天安門広場は、踏み固められた雪が一面に残っていた。この広場だけで、40万人が集まることができる。これも世界一の大きさだ。ガイドの張さんに「天安門事件」のことを聞いてみたら、中国人民は何ひとつ真実は知らされていない、という答えだった。外国に住む我々が、テレビで見聞きした生々しいニュースと、張さんが知る事件の概要が、かなり違っていて驚いた。

 さて故宮の南半分は、皇帝が行事や儀式をとりおこなった公的な外朝で、北半分は政務を兼ねたプライベートな内廷。しかも、宦官以外は男子禁制の宮だった。

 皇妃が西太后によって手足を切られて落とされたという井戸が残っており、かつてこの宮殿で生活していた女たちには、数え切れないほどの愛と憎悪の物語があったのだろう。もう一度、映画「ラスト・エンペラー」を見たくなった。

超スピードで近代化する町

高層ビルが立ち並び、建築中のビルのすぐ横で、古いアパートや民家がどんどん壊されていく。朝夕のラッ シュアワーは、東京並み。自動車も多いが、自転車が車と同じ車線を堂々と走っていく。運転のマナーはかなり荒い。歩行者が横断していても、スピードを落とさず、走ってくる車の多いこと!

 最新型のケータイを持ち、しゃれたファッション、茶髪・・・ここは、もうほとんど日本と変わらない。時々目に入ってくる裏通りの薄汚れた民家や店の数々が消滅するのも、時間の問題だろう。

初出:「日加タイムス」 2003年2月28日



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