
ビクトリアの第50代目の市長さんの名前は、アラン・ロー氏。1999年に市長に選ばれて、在職8年目を迎える。もともと、有能な建築家としてビクトリアで活躍していたロー氏は、1990年にビクトリア市議員に当選して以来、地域開発に貢献し、とんとん拍子に市長の座に就いて現在に至る。 仕事と家族の両方を大切にするロー氏は、温厚な人柄で、市民から圧倒的な支持を得ている。誰に対してもフレンドリーで、私自身も彼にまつわる「とっておきのエピソード」がある。 ちょうど4年前の10月、私たち家族はオンタリオ州のトロントからブリティッシュ・コロンビア州のビクトリアへと、カナダをほぼ横断する引越しをしたのだが、高校生だった息子は、一足先に9月からの新学期に間に合うよう、ビクトリアへ飛び、友人宅でホームステイしながら、近所の高校へ通っていた。 新しい転校先で、息子はさっそくボートクラブに入り、ボートこぎの練習に励んでいた。毎週火曜日は朝6時に、クラブのメンバーの親が交代で子どもたちをゴージ川の練習所までの送り迎えを受け持っていた。 私たち夫婦はまだトロントで、引越しの荷造りをしていた頃、わが息子はいつも火曜日の朝5時半は、市長さんじきじきのお迎えで、彼の息子のブランドンと一緒にボートの練習に出かけていたのである。そう、彼の息子さんはうちの子と同級生だったのだ。 そして、やっと私たちがビクトリアへ引越し、新居に落ち着いた頃、同級生の親同士が集まるパーティーがあり、私たち夫婦もさっそく出かけた。そのパーティーの場で、アジア系の男性が「やあ、僕はアラン。ビクトリアへようこそ!」とにこやかに、私たちに握手を求めてきたのである。 この時、すぐに彼が市長さんだとは全く思いもよらない私は、彼としばらくおしゃべりをして、学校のボートクラブの話になったとき、初めて彼が市長さんだと気がつき、赤面してしまった。
おまけに、市長さんの自宅は我が家のすぐそばで、学校のほぼ裏手にあるので、多くの生徒たちは(うちの息子も含めて!)、彼の家の敷地内を横切って近道登校しているのも判明した。ロー氏はすべてご承知で、笑って黙認している。またしても初めて知る事実に、私は2度、赤面する羽目に…。 彼の奥様も中国系で、頭脳明晰のキャリア・ウーマンなのだが、ロー氏と同様に、きさくで誰とでも同じ態度で接する、とても好感のもてる人だった。 そんなわけで、ビクトリアへ引っ越して早々に、市長さん、彼の奥さんと息子さんと知り合い、すっかりロー・ファミリーのファンになってしまった。 ご近所に住んでいるので、彼らとは行きつけのスーパー・マーケットや、レストランでばったり会うことが多いが、やっぱりいつもの笑顔で「ハーイ!」と挨拶する超フレンドリーなロー・ファミリーである。
初出:「ワールドバザール21」各国いまどき報告 2007年2月20日 |
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