
人口420万都市、トロント・メガ・シティーの市長を務めるラストマン氏は、元ビジネスマンだけあって、アイデアの豊富さとエネルギッシュな働きぶりは誰もが認める人気者。
その昔、ラストマン氏が創業した電化製品店は、今や息子の手に渡り、あちこちに支店を広げて成功しているが、「当時、ぼくはエスキモーに冷蔵庫を売り歩いたんだ」という彼のせりふは有名で、現在も語り草になっているほど。
ラストマン語録が、今も脈々と人々の口から口へと伝わっているというのなら、歴史上重要人物らしく、いかにもかっこいいのだが、なんと2000年の暮れに40年以上前の浮気が突如として世間に暴露されてしまって、さあ大変。
ビジネスマン時代に、自分の店の経理を担当していた女性と14年間も関係を続け、しかも彼女はラストマン氏の子供を2人も産んでいたのだ。そして、現在42歳と38歳になる息子たちが、母親と一緒に600万ドル(約4億2千万円)の慰謝料をラストマン氏に請求する訴訟にふみきり、一大スキャンダル。
この隠し子たち、確かに見れば見るほど顔かたちは市長にそっくり。彼らの言い分は、「3年前に自分たちの父親がラストマン氏だという事実を知った。幼少の頃は母の稼ぎだけでは、歯の矯正もできないほど貧しい生活だった」そうなのだが、ラストマン氏は26年前に、浮気相手と手を切るために2万5千ドルを一括払いし、清算したつもりだったという。
事態が詳細に報道されるにつれ、実はこの浮気相手の女性は当時結婚していた上、ラストマン氏とは別に、もうひとりの男性とも同時に関係を続けていたというツワモノだったことが判明。世間の同情が市長に注がれるようになったのは、当然だろう。市長辞職を要求する声も聞かれず、結局裁判はラストマン氏の勝ちだった。
それにしても、彼が創業した電化製品店の名前が「Bad Boy」とは、冗談みたいだけど、ホントなのよ。
さて、次のお騒がせの話題は、2008年のオリンピック開催地の誘致合戦の最中起こった出来事。ラストマン市長は、キャンペーン旅行中、バルセロナに滞在し、次の目的地であるケニヤのモンバサを訪れることに対して、「いったいなんだって、モンバサのような土地に行きたいもんか。ぼくはヘビが怖いし、ワイフだって心配している。煮えたぎる大釜の中にいる自分と釜のまわりを踊っている原住民が目に浮かぶよ」と発言したので、またまた大変。
人種差別とアフリカへの偏見に満ちた見解として、北米のメディアのみならず、アフリカ圏にまで波紋は広がり、市長はトロントで特別記者会見を行うはめに。この席で、ラストマン氏は「私が悪かった。ごめんなさい」と25回も繰り返し謝罪した。いくらオフレコのジョークまじりのコメントだったとはいえ、やはり公人としての認識に欠けていた彼のとんだ失言だった。
2008年のオリンピックが北京に決定された裏には、トロント市長の大失態がかなり要因していると信じる人が多い。
失敗続きのラストマン市長だが、それでも彼の人気は高い。正直に何でも口に出してしまう性格だから、彼の言葉や行動には複雑な裏工作がないし、自分の否をすぐに認めて謝罪する潔さが、憎めない市長として市民から支持されるゆえんだろう。
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