異文化考察

チャイニーズ・パワー


旧正月の飾りつけをした中国系プラザ 今年の旧正月は1月31日から始まり、トロントにある中国系カナダ人たちはにぎやかにあちこちで祝賀イベントを催していた。

 トロント郊外のマーカムにあるチャイニーズ・プラザを訪れると、あれ、ここは香港?上海?と思えるほど、どの店も漢字の看板しか目に入らず、まわりはすべて中国語を話す人ばかりになる。

 ダウンタウンにある中華街は今も健在だが、トロント郊外にもっと大きな規模の中華街が、超スピードで広がっている。というのも、1997年の香港中国返還の前後に、ものすごい数のホンコン・チャイニーズがカナダへ移住したからだ。

統計によると1991-2001年の間に移住した中国人は、約20万人でカナダ移民のナンバー1だった。彼らは裕福で、学歴が高く、移住後もカナダでビジネスやキャリアで成功し、郊外に大きな家を買い、高級車に乗って・・・という絵に描いたようなリッチな人々が多い。

 今やマーカムは中国系カナダ人が最も多いコミュニティーになり、この町人口の半分は中国系で占められているほど。

 1995年の夏、マーカム町議会で、ある助役が思わず
「この町は中国系が多くなり、漢字のビルが増え、中国系以外の民族が住みづらくなってきた。それが理由で、他の土地に引越す人が多い」
と失言したことがきっかけで、中国系の大反論を巻き起こし、大変な騒ぎになったことがある。

 カナダには中国語新聞が6紙あり、中国語のTV番組が放送され、買い物、不動産、医者など、すべて中国語だけでまかなえるので、彼らにとって英語を覚える必要は全くない。

 2001年の国勢調査の中で、英語とフランス語以外が母語であると答えたカナダ人は533万人で、国民の6人にひとりの割合だった。4年前より12.5%も増えている。そして外国語の母語のトップは、もちろん中国語で87万人!まさに数字で見るチャイニーズ・パワーである。

 1999年、歴史上初めてのアジア系カナダ総督として任命されたエイドリアン・クラークソンは、第二次世界大戦中の1942年、当時3歳で香港から難民として家族と共にカナダへ移住した中国人である。 彼女はカナダの大学卒業後はフランスへ留学し、英仏両語のバイリンガルとなり、ジャーナリスト、ブロードキャスター、作家、映画プロデューサーなど、そうそうたる肩書きを持つ。

 難民から出発し、現在は英国エリザベス女王の代表としてカナダでの任務を執行する総督になったクラークソンこそ、チャイニーズ・サクセス・ストリーの圧巻と言えるだろう。

2003年2月2日



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