
短くも美しいトロントの夏をさらに暑く燃え立たせるカリバナ祭がやってきた! 30年以上前に始まった、このカリバナ祭は、もうすっかりトロントニアンや世界からの観光客におなじみのフェスティバルとなった。元気印のカリビアンたちが、ギンギラギンに派手なコスチュームを身にまとい、スティールバンドのカリプソやルンバの音楽に合わせて、踊り練り歩くよ!
1967年、カナダの建国百周年を記念して、マルチカルチャリズムを国是とする連邦政府は、それにふさわしい行事として、西インド諸島の文化をメインにしたフェスティバルを開催すべく経済援助を申し出た。 実行委員会ではトリニダッド&トバゴのレント(キリスト教の四旬節)前に行われるカーニバルを手本に、同じ時期にトロントでも催すように考えていた。 しかし、レントは2月か3月の行事で、その頃トロントは厳しい冬の真っ只中。カーニバルは暑い夏にやるに限る、しかもすべての人々がお祭りを楽しめるよう、8月のシビックデイの祝日がある週末に開催しよう、ということで決定したのが、「カリバナ67」だった。これが第1回カリバナ祭である。 当時、このお祭りは、一度きりのイベントのつもりで計画されたが、その夏8日間に渡った催されたカリバナは、予想を遥かに上回る大成功を収めた。それから毎年トロントの夏の風物詩となり、現在に至っている。 もうひとつ、カリバナ祭は1834年の奴隷解放を祝うという意味合いもある。1492年コロンブスが西インド諸島(カリブ海諸国)を発見して以来、島々はヨーロッパの支配下にあった。中でもトリニダッド&トバゴは、約300年もの間スペインの領土だった。 金採掘のため、砂糖キビ栽培のため、ヨーロッパ人はアフリカから奴隷を連れて西インド諸島へやってきた。奴隷の数は、200万人と言われている。 バルベイドス、ジャマイカは英国領、ドミニカやグレナダ、ハイチなどはフランス領となり、長い間白人に征服されてきた。 カリビアンにとって、1834年の奴隷解放を祝い、移民の国カナダで自由を謳歌するとき、カリバナ祭は自分たちのルーツに向き合うための大切なイベントなのだ。 ![]()
奴隷解放後にカリブ海諸国の人々が、北アメリカを新天地として移住を始めたのは、当然のなりゆきだった。 面白いことに、1838年から約80年間に渡って、数多くの中国人やインド人が逆にカリブ海諸国へ移民して、砂糖キビ畑で働いたり、事業を始めたりしている。その結果、ガイアナでは現在、黒人よりもインド系の方が人口は多くなっている。 さて、第二次世界大戦後の1946年以降、13万人以上のカリビアンがカナダへ移住した。これらの移住者の85%がオンタリオ州に在住している。 1955年に移民法が改正され、25〜30歳の未婚で子どものいない女性に限り、1年間カナダでナニーやハウスキーパーなどの家事職で働けば、永住権を申請できることになり、多くの若いカリビアン女性が移住した。 さらに1960年代になると、それまでヨーロッパ系移民に大きく門戸を開いていたカナダは、移民法上の人種差別を撤廃したため、さらに多くのカリビアンがニューカナディアンとなった。1996年の国勢調査によると、カナダ全国にカリブ系は約30万人在住する。また、ケベック州に住んでいる約9万人のカリビアンの多くは、フランス語を公用語とするハイチから来ている移民である。 (2007年7月31日) |
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