カナダのニュース

「自然」が僕のスタイルなんです。生き方も、料理も
惣菜デリ&カフェ・オーナー兼シェフ - 伊藤尚達さん(33歳)

■北方カナダを旅して

静岡県の浜名湖と太平洋に挟まれた小さな街で18歳になるまで育った伊藤尚達さん。高校を卒業すると、地元の農家でアルバイトをしながら、休日にはヒッチハイクや原付バイクで国内旅行するという生活を4年間続けていた。そんな旅好きの尚達さんが、1996年ワーキングホリデーを利用して、カナダを訪れる。22歳のときである。

カナダでは1年かけてノースウェスト準州を回るつもりでいた。準州を縦断するマッケンジー川をカヤックで下りながら、北極圏まで行ってみようと計画したが、出発してから2ヶ月経った10月に、予定を変更してオンタリオ州のトロントに移動する。

「だんだん冬が近づいてきて、寒さに耐えられなくなったんですよ。北部に位置するノースウエスト準州では、冬場は氷点下40度という厳しさですからね」

トロントでは、日本食レストランに就職。板前としては、まったく素人だった尚達さんだが、料理はもともと得意だったので、修行しながら、すぐに寿司を握るようになった。

大都市トロントでの生活は、刺激に満ちて充実していたが、太平洋のそばで子ども時代を過ごした尚達さんは、海に近い西海岸の街、ビクトリアへ移ろうと決心する。

ノースウエスト準州を回っていた時に知り合ったカナダ人が、自分の故郷ビクトリアを散々自慢していたことも、尚達さんの背中を押す一因となった。

■自分の店をオープン

ところが、とかく人生に寄り道はつきもの。引越しを考えているうちに旅好きの虫が騒ぎ出し、尚達さんは、しばらくヨーロッパを回ってみようと決意。まずフランスに入り、そこからバックパックを背負って南下して行ったのだが、ついには地中海を渡り、エジプトへ。ここで1ヶ月ほど「うどん」を主とした和食作りのアルバイトをして旅費を貯めた後、さらに中東の国々を2ヶ月ほど旅行し、カナダへ戻った。ようやくビクトリアに落ち着いた尚達さんは、市内の寿司レストランに板前として就職。1999年のことである。

ここで働いている間に、同じレストランのウェイトレスをしていた香織さんと出会い、結婚。二人で自分たちの店を立ち上げようと、仕事を辞めて独立した。ビクトリアのダウンタウンに近いビルの中の1階に店舗を借り、惣菜デリ&カフェDaidocoをオープンさせたのは2004年11月のことである。初めてカナダの地を踏んでから、8年の歳月が流れていた。

Daidocoでは、小松菜のおひたし、貝と野菜の白和え、マグロのたたきといったお惣菜をテイクアウトできるほか、店内で定食やおにぎり、丼ものを食べることもできる。

その日に仕入れた新鮮な食材を使うので、メニューは毎日変わる。炒めた野菜を一緒に和えたヘルシーな豆腐丼は5ドル50セント(550円)、身の引き締まった天然ものの鮭をご飯が隠れるほどたっぷりのせたサーモン丼は6ドル50セント(650円)というお手ごろ価格である。

ビクトリア在住の日系人からは「こういうお惣菜の店ができるのを待っていたのよ!」と歓迎され、口コミで客層は広がっていった。料理学校出身の香織さんも、得意の抹茶クッキーやケーキを焼いて店で売り、一日中フロアやレジを動き回る。

Daidocoをオープンして早々、グルメのための地方雑誌EATに、二人の写真入りで店の紹介記事が掲載され、ますます繁盛していった。純和風の料理は、カナダ人にも評判がいい。最近はリピーターも増え、お昼どきには、近所に勤める人々が、列を作って並ぶほどの人気ぶりである。

■環境に優しい食文化を目指して

尚達さんには、できるだけ自然に近い素材を使いたいという頑固なこだわりがある。だから野菜は、ビクトリアで有機農業をしている農園から新鮮なものを仕入れるようにして、旬を大切にした惣菜作りを心がけている。

寿司や天ぷらは、今や世界中で人気のメニューになった。だが、日本人の板前が作るべき料理は、ちょっと違う気がする、と尚達さんは言う。

「素材を吟味して活かそうという工夫や、季節を料理に盛り込もうという努力のない和食は、なんだかインチキくさいなあ、といつも感じているんです。僕は日本人の板前らしい料理をしていきたいと思っています」

そんな尚達さんはビクトリアの食材を使った、ここでしか食べられない日本料理を作ってみたいと考えている。

「僕は英語を上手にしゃべれるようになりたいとか、海外に住んでみたいと思ったことは一度もなくて、ただ自分がしたいことを一生懸命やっていたら、ビクトリアで板前になっていたんです」

本当はシーカヤックに挑戦して、趣味の時間をもっと持ちたいけれど、「週末は買出しや仕込みに追われ、今は時間がなさ過ぎるんです」。好きな旅行を楽しむのも、もう少し先になりそうだ。

尚達さんの夢は、アグリツーリズム。有機農法で育てた自作の農作物を自分のレストランで調理して、人々に味わってもらえる、居心地の良い場所を作っていきたい。

カナダの大地のように壮大な夢。でも、尚達さんなら、いつか実現させるだろう。そう、彼が今までやってきたように、自然に。

■尚達さんが大事にするTOP3

1.環境
僕が今やっていること、そしてこれからやろうとしていることのすべての出発点は「環境との関わり」です。自分の店で有機農法で作った野菜を使ったり、地元で採れるものを使うようにこだわったり、なるべく安い値段で提供したりしているのも、どうしたら人も自然も、健康でバランスよくいられるのかなあ、といつも考えているからです。

今、世界の食物事情は、あまりにも商売が入り込みすぎていて、自然も人も健康な状態から懸け離れていると思います。作る人と消費する人がなるべく近くで、なるべくシンプルな仕組みで関わりあう方がいいんじゃないか、と考えています。

2.流木
この島に初めて来たとき、一番びっくりしたのは、浜に打ち上げられている流木の量と、その大きさでした。巨大な木や根っこが、海を旅する間に波に洗われ、全く違った存在感で、海岸にゴロゴロしているんです。

最初はただ圧倒されるばかりでしたが、毎朝のように浜へ足を運ぶうちに、実際に生活に使える机やランプなどを、流木で手作りするようになりました。もちろん流木それ自体が、すでに芸術作品のようなものですけど。

材木屋で買う木と違い、流木は「自分で釣った魚」のような感じがします。この材料があるから何を作ろうか、という受身の姿勢から生まれる思いがけない発想が、面白いんです。

3.海
故郷では海のそばで育ち、今までいろんな形で海と関ってきました。トロントでの2年半の暮らしの中で、オンタリオ湖という海みたいに大きな湖の近くにいても、やっぱり海とは違うと感じ、海は自分にとってはなくてはならないものだということを思い知りました。

ビクトリアで店を持つ前は、時間が許す限り、セーリングやダイビングをして、海と遊んだものです。店で使う魚もなるべく地元の海で捕れるものにこだわっているし、僕自身も夏はよく釣りに出かけます。ビクトリアが好きな理由は、この街が、魚やイルカや鯨など、命でいっぱいの海に囲まれていて、毎日の生活の中で、海をいつも身近に感じられるからです。

初出:English Journal 2007年2月号 「海を向こうで見つけた私」


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