カナダのニュース

カナダを代表するポートレート画家
ミファンウィ・パベリックの素顔

取材・写真:志摩夕美(ビクトリア在住)

 ビクトリアの町から、小雨に濡れたハイウェイ17号線を北へ走ること30分あまり。ミファンウィ・パベリックの家は、サーニッチ・インレットの海がすぐそこに広がるウォーターフロントの広々した敷地にあった。

 母屋の隣りに建つスタジオで、笑顔で迎えてくれたパベリックは今年88歳になる。数ヶ月前、腰掛けていた鉄製のスツールが崩れ、右足の踵から膝上までの骨にひびが入るという大怪我をした。

「今でも杖なしでは歩けないし、立って絵を描くのは、長くて5分ぐらいしかできないの。ほんとにイライラがたまるわ」
 と悔しそうな口ぶりだ。

 曇りの日でも、大きな窓と天窓から、自然の光が差し込み、スタジオの中はとても明るい。テレビや本で見た覚えのある、パベリックの有名な絵の数々が壁一面をおおっていて壮観だ。

エミリー・カーに見出されて

 バンクーバー島で生まれ育ったパベリックが画家、エミリー・カーに出会ったのは、彼女が5歳のとき。叔母がカーと親しかったので、ある日パベリックをカーの家へ連れて行ったのだった。

 「覚えているのは、カーの家には、いろんな動物がいてね、"座りなさい"と言われて、籐の椅子に腰を下ろした途端、キーキー鳴く声がしてビックリしたら、クッションの下にギニーピッグがいたり、孔雀が道を渡ってカーの家を訪問に来たりして、楽しかったわ」

 カーから"私のゴールデン・ガール"と呼ばれ、可愛がられたパベリックは、15歳の時にカーに展覧会を企画してもらう。ところが、当の本人は自分の展覧会を見ていないのである。

 「あの時は、モントリオールで勉強していたから・・・。その後、ニューヨークに移ってしまい、カーからはしょっちゅう手紙をもらったけれど、私は若かったし、筆不精でずっとご無沙汰していたのよ」
 と、あまり良い弟子ではなかったと振り返る。

パベリックは、もともとはピアノで身を立てたいという夢があった。しかし手首の故障が原因で、ピアニストの道はあきらめ、しばらくは抽象画の世界を描いていた。だが現実は厳しく、なかなか日の目を見なかった。

彼女が画家として開花したのは、モントリオールでもニューヨークでもなく、1969年にビクトリアへ戻ってからである。

ピエール・トルドーのポートレート

 1990年秋、オタワでは議事堂に飾るためのトルドー首相のポートレート(肖像画)を描くカナダ人画家を探していた。パベリックに白羽の矢が立ったのだが、彼女はモントリオールへ赴くという要請を退け、
 「トルドーが、ビクトリアの私の家へ来ること」
 という条件を出した。

 「だって、モントリオールのトルドーの家へ行って、彼のおつきの人たちがワサワサ出入りするところで、どうやって彼に近づいて、ポートレートを描けっていうのよ。そんなのできっこないわよ!だから、こっちへ来なくちゃいやです、って言ったの。でも、言ったあとで夫に"もしこの話がご破算になったら、私、一生自分を許せないでしょうね"ってもらしたわ」

 結果は、翌年の初めにトルドーがスキー休暇を兼ねて、ビクトリアまで足を伸ばすということになった。

 「空港へ迎えに行ったら、タートルネックにグレーのズボン姿のトルドーがいて、シークレットサービスは一人か二人いたようだけど、お忍びの訪問で、周りの人は誰もトルドーに気がつかなかったのよ。夫が家の玄関でトルドーを迎えると、トルドーは夫の母語のクロアチア語で"ここに来て、たいへん嬉しいです"って言ったの。トルドーは、そんな細かい心遣いをする人だったわ」

 海の見えるパベリックの自宅で丸三日間、トルドーは彼女と密着した時を過ごした。

 「ポーズをとって、凝り固まったポートレートは描きませんって、最初にトルドーに言ったの。スタジオの中を歩き回ったり、本を読んだり、好きなことを勝手にしてくださいって。彼は家の周りを注意深く観察して、ビクトリアの保護樹木であるArbutus(ヤマモモ)を初めて見て、木の皮を取っていたわ。すべての物に興味を注ぎ、自然に親しんで、とてもリラックスした様子だった」

 その後、約3ヶ月でパベリックは40枚以上のポートレートを描き上げた。インク、鉛筆、チャコール、アクリルなど、あらゆる画材を使って。

 そして、トルドーがポートレートの出来具合を見るために、再びパベリックを訪れたとき、彼はスタジオの壁全部が自分の絵で埋まっているのを見て、感嘆の声を上げたという。

 その中のひとつ、ケープを肩に羽織ったトルドーの姿は、カナダの47セント切手にもなった公式ポートレートである。

キャサリン・ヘップバーンの思い出

 パベリックはエリザベス女王をはじめ、多くの有名人のポートレートを描いているが、中でも個人的に仲良く付き合った女優、キャサリン・ヘップバーンのポートレートは傑作が多い。

 「あの壁に掛けてあるのは、キャサリンのコテージがあったコネチカット州のロングアイランドで1日で描き上げたオイルスケッチよ。ぱぱっと描いて、サインをしたら、もう手を加えないのが私の主義。キャサリンは、泳ぐのが大好きで、海岸に雪があっても泳いでいたわ。私とは、好きなものが共通していて、よく気があったわ。彼女がロスやシアトルで仕事があると、たいていビクトリアまで遊びに来たの。彼女が亡くなる前に、ポートレートのひとつをコネチカット州のハートフォードへ寄付してくれて、良かったと思っている」

 ニューヨークにあるヘップバーンの自宅を訪れたとき、ふたりでハーレムまでドライブし、歩道に座り込んでおしゃべりしていたら、茂みに隠れていたパパラッチをヘップバーンが目ざとく見つけ、そそくさと車に乗り込んで家に帰ったことがあると、パベリックは愉快そうに話してくれた。

 音楽が好きなパベリックは、これまでにグレン・グールド、ラビ・シャンカールなど音楽家のポートレートも数多く描いている。最も有名なものはバイオリニストのユーディ・メニューヒンだろう。

 ペイントよりもデッサンの方が好きというパベリックは、人間の手のデッサンが一番好きだそうだ。タバコを持つ自画像の手の部分だけをいったん塗りつぶして、描き直したばかりだという1枚の絵を見せてもらった。ちょっと自我が強そうな女性がカンバスの上で、輝くようなオーラを放っているセルフ・ポートレートだ。

 パベリックの描く人物からは、その人のボディーランゲージや態度までが、漂っている。それは写真のポートレートではうかがうことができない、心に迫ってくる不思議なリアリティである。

 現在は夫を亡くし、娘さんと愛犬との静かな生活を楽しんでいる。先日ビクトリアで開かれたデッサンの展示即売会は、大勢の人がギャラリーを訪れ、すべての作品を完売した。これからも、人々を魅了する魔法のポートレートを描き続けてほしいものだ。(文中敬称略)

初出:日加タイムス 2004年2月20日号


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