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イヌイットの壁かけ

 トロント在住30年になる岩崎昌子さんは、イヌイットの壁かけ収集家として知られる。

 1970年カナダへ移住してすぐ、岩崎さんはオタワの街角で1枚の壁かけに出会った。明るい水色を背景に、イヌイットの生活ぶりがアップリケされている楽しい布絵だ。カリブーを狩る人、獲物をのせた犬ぞり、カヤックでの魚獲り、煙が上るイグルー、アザラシの親子など、子供っぽいほどシンプルなデザインだが、見る者に生き生きと語りかけてくる。

 「そのときのハッとした思いは今でも鮮やかに思い出されます」と言う岩崎さんは、以来30年に渡って壁かけを収集し、機会あるごとに日本に紹介してきた。

 1979年日加修交50周年を記念して東京で開かれた「エスキモーの彫刻と版画展(当時はまだイヌイットという呼称が浸透していなかった)」や92年、東京のカナダ大使館でのイヌイット文化シンポジウム、93年札幌の道開拓記念館での「イヌイット・アート展」など、アシスタント・コーディネーターとして、文化大使的な役割を務めてきた。

 去年10月から11月にかけても東京のカナダ大使館ギャラリーで約80点の壁かけコレクションを展示し、大盛況を博したばかり。

  「私はもともとはイヌイットの彫刻が好きだったんです。でも彫刻は場所をとるし、どこにでも飾るわけにはいかないでしょう。壁かけに出会って以来、自由奔放なアートにすっかり魅せられてしまったの」

 気がついたら、岩崎さんのコレクションは119点にのぼり、カナダ国内でも最大の収集家になっていた。

 昨年の夏、暮らしの手帖社からこれらの壁かけコレクションを紹介する本が出版された。22x29cmの大型本で全ページオールカラーの豪華な装丁だ壁かけには1点ずつタイトルがつけられ、岩崎さんのわかりやすい解説で、イヌイットの習慣や文化がよく理解できる。

 極北の不毛の地に住むイヌイットが、パーカ(防寒着)を作ったあとに残る色とりどりの端切れを使って、スコットランド・ダッフルと呼ばれるウール地をキャンバスにして丹念にアップリケした布絵は、ユニークでひとつとして同じものはない。

 驚くほど色彩豊かな絵や、ユーモアあふれた微笑ましい絵、シャーマニズム精神の濃い絵など、岩崎さんが「心おどる出会いを重ねてきた」壁かけの世界が広がる。

 一見すると単純なアップリケで作った壁かけだが、実は面白い特徴があると岩崎さんは指摘する。針の刺し方の手順に、長い間つちかわれてきた、丹念で辛抱強い実質的な心づかいが、そのまま施されているのだ。ダッフルの上に重ねて刺したと思われるアップリケが、実は切り抜かれてはめ込みになっていたり、刺し子のような縫い目が裏に出ないように、布と布との間ですくうように仕上げてあるなど、毛皮で衣服を作る際に縫い目が肌に当たらないよう配慮した刺し方が、そのまま壁かけの作法にも見られるという。

 厳しい自然の中で生まれた狩猟民の生活の知恵や文化が、無邪気なほど単純化された壁かけに脈々と伝わっている。

 「素晴らしいイヌイットのアートをもっとカナダの人たちに見せてほしい、とよく言われるんですけど、やっぱり日本の人たちにカナダのいいものを見せびらかしたいじゃありませんか」そう語る岩崎さんは、今秋も札幌、東京、静岡で「イヌイットの壁かけ展」を開く予定だ。

「イヌイットの壁かけ」 岩崎昌子 著
暮しの手帖社  3000円

初出:「日加タイムス」Book紹介 2001年6月1日号


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