
銀座5丁目の580.6Fの土地を90億円で取得したエルメス社が、総工費170億円で建築した総ガラスブロックの建物は、晴海通りにひときわ目立つ。関西国際空港のデザインを手がけたレンゾ・ビアノ氏が建築に関わっただけあって、超モダンな装いだ。
ガラスブロックを通して太陽の光が入り、店内はとても明るい。夜は照明でオレンジ色に建物が輝くそうだ。
この日は日曜日だったので、店内は客で埋めつくされ、なかなか前へ進めないほど。日本人はブランド物が好きらしいが、若者たちが気後れすることなく堂々と(?)高い買い物をしている姿が多かった。
エルメスの商品を一つ一つゆっくり眺めるのは確かに目の保養になるが、ここには、もっと興味をそそられるモノがある。
それは、建物の上階にあるミュゼ(博物館)。受付で聞くと、客の入場を制限しているため、予約が必要とのこと。しかも、たいてい3日前ぐらいに連絡しないといけないそうだ。
今回は特別に「カナダから来た日加タイムスのレポーター」の恩恵に預かり、予約なしで入場許可を得た。店内のエレベーターではミュゼへアクセスできないので、一旦建物の外へ出て専用のエレベーターを使う。
ミュゼへ入場する前に、ジャケットとバッグを預け、エルメスのロゴ入りの白いコートを着るように指示された。ちょうど医者が着る白い衛生服に似ている。「ミュゼの白い環境に合わせるため」だそう。
ミュゼには、約100点のエルメスゆかりの品々が展示してあり、ひとりずつ渡されたイヤホンを通して、音楽入りで展示物の紹介がアナウンスされる。展示物の正面に立つと、その案内が聞こえるようにプログラムされているので、個人のペースで巡ることができる。
エルメスがデザインしたナプキンリングや手袋などの他に、エルメス所有のコレクションの蹄鉄や長靴につける拍車など、当時の馬文化がうかがえる。
1837年初代ティエリ・エルメスがパリのランバール通りに馬具の製造工房を始めたのが、エルメスの歴史の幕開けだ。主に鞍や馬ろくなどの革製品を作っていたが、1920年代から3代目エミール・モーリス・エルメスが馬具以外にバッグと革小物の製造を開始し、「ボリード」と呼ばれる旅行用鞄が人気となり、それ以来カバン、スカーフ、時計、洋服、靴、ジュエリー、香水などを生産している。
馬具工房の職人気質は今も健在で、バッグやスカーフなどはすべて手作り。革製品はトカゲ、ワニ、ダチョウ、鹿皮などを使い、スカーフは最上級のシルクで、縁かがりは手縫いだ。スカーフの色は豊富で、中には1枚に100色以上がプリントされている柄もある。
1955年、一世を風靡した女優、グレース・ケリーがエルメスのハンドバッグを持ち歩いたことから「ケリーバッグ」と呼ばれ、そのニックネームが今に至っているのは、あまりにも有名な話。
現在、世界中に200店舗をかまえる「エルメス」の新しい名所として、銀座の「メゾン・エルメス」はシンプルな姿で、重厚な老舗の歴史を私たちに教えてくれる。
「メゾン・エルメス」水曜定休 初出「日加タイムス」2002年4月12日号 |
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