エッセイ

ニッポン人の名前

 今から16年前、長女がカナダで生まれたとき、夫と私は子供には日本名をつけることに合意した。なぜか生まれる前から女の子という強い予感があったので、女の子の名前だけを考えていた。
 ドイツと日本の血を引き、カナダ人として育つのだから、英語を話す人たちにも発音しやすい、しかも日本的な美しい響きのある名前にしたかった。
 私たちは名前の音にこだわった。そして、あれこれ思いをめぐらせ、笑み(えみ)=いつも微笑みをたやさない気持ちの良い子に育って欲しい、ということで、娘の名前をEMI(エミ)に決定した。
 この名前は正解だった。ただ、カナダ人の間にはAMY(エイミー)という名前が多く、ちょっと間違えやすいが、「EMI=エミ」と強調すれば、正しく発音してもらえるし、短い名前なのでよく覚えてもらえる。
 少なくとも、娘は名前に関してカナダ人の子供たちから、からかわれたり、いじめられたりしたことはない。
 だが、カナダに住んでいる日本人の駐在員や移住者を見回してみると、名前で苦労している人が少なくないのだ。いずれ日本に帰国する駐在員の家族は、子供の名前を何も英語やフランス語を基準にする必要はないだろう。学校で先生や生徒が発音しやすいニックネームを通称として使えば良いからだ。
 しかし、カナダに永住するつもりの家族が、カナダ生まれの子供によかれと思ってつけた名前が、発音によって英語でとんでもない意味があったりしたら、悲惨なことになる。
 私の古い知り合いの娘さんの「ななちゃん」は、小学校時代「バナナ(スラングで気違いの意味)」と呼ばれていじめられたという。
 カナダの冬に生まれたからと命名された「冬子さん」に至っては、発音が英語の「FUCK_YOU」という、最低の侮蔑表現を彷彿とさせ、もうこれは親の無知が生んだ悲劇としか言いようがない。
 男の子の名前にも、いじめの格好のターゲットとなるものがある。例えばKOTA(こうた)君は、生理用ナプキンのブランド名、コーテックスを想像させるし、JUN(じゅん)君は、JUNEと発音され、これは完全に女性の名前だ。
 日本人の男性名には、日本人にさえ難しい漢字や読み方が多く、カナダに住んでいる、そういう古式ゆかしい名前の人たちは、ニックネームを英語風につけてしまうのが得策だ。
 例えば信昭(のぶあき)、彰信(あきのぶ)はNOBBY、修(おさむ)はSAM、芳尚(よしなお)はYOSHYという具合に。
 ファーストネームで誰とでも呼び合うお国柄なのだから、子供の名前をつけるときは、その発音を慎重に考えなくてはならないのが、カナダに住む日本人の課題のようだ。


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