動物小話

片目のトント


娘に乗馬のてほどきを
する(!)トント(94年春) 我が家の庭に永眠するトントは、これまでに飼った馬の中では一番心に残っている。馬のオークションに出かけた夫が、一目見るなり気に入って、セリに出る前にオーナーと交渉して買ってしまった馬だ。

 当時私たちは家でポニーを飼っていたが、えらく頑固な馬で、娘はしょっちゅう振り落とされるし、調教もうまくいかず少々手にあまっていた。乗馬をそろそろ始めようかという息子にも適した、安全でおとなしい小型の馬を探していたのだ。

 キャスパー(ポニーの名前)は、純血のウェルチ・ポニーの堂々たる血統書つきだったのに対し、トントはポニーとピントー種と、もしかしたらモーガン種も混ざった雑種の駄馬。ポニーより大きく、普通の馬よりは小さめで、なんとも中途半端なサイズだ。だが、これこそ夫が探していた完璧な大きさの馬だった。

 からだの割に足が長く、プロポーションがいい。全体は濃い鹿毛で腰の一部だけが白く、ふさふさとしたしっぽは鹿毛と白毛がきれいに半々ずつ混ざっていた。顔は目鼻立ちのくっきりしたハンサム君。小さいながらも見栄えのする馬だった。

 年齢は不詳。たぶん25才以上のシニアだろうと言うオーナー家族は、涙にむせびながら、オークション場でトントを手離した。

 おじいさん馬なのに、森の中では元気に走りまくるので「機関車トント」とニックネームをつけた。私を乗せたトントは、前を行く馬との距離が広がると、一目散にギャロップする。キャンター(駈歩)は、上下の揺れがまったくなく、最高に乗り心地が良かった。

 ある日、放牧中に小枝で目を突いたのだろうか、トントの右まぶたが腫れ上がり、薄く開けた目から涙をポロポロ流していた。獣医に診断を受け、それから毎日抗生物質を与え、目薬をさし、なんとか炎症を食い止めようとした。こんな年になってから失明させるのは不憫だった。

 どうかトントの目が失明しませんように、と祈るような気持ちで半月が過ぎたころ、トントの右目は乳白色に澱んでしまった。獣医は右目の前で手を動かし、まばたき一つしないトントを見て、首を横に振った。やっぱり・・・というあきらめと、左目は炎症が広がらなかったおかげで無事だったという安堵感が、罪悪感を少し慰めた。

 片目になってもトントは野外騎乗できた。キャンターするときは、頭を右寄りに曲げて左目で進行方向を見ながら走った。ゆっくり歩いていて、木の根っこにつまづく回数が増えたが、餌の時間になると、どんなに遠くからでも餌をバケツに入れる音を聞きつけ、真っ先に馬場へ駈けてきた。澄んだ左目に、凛とした品格をただよわせて。

 それでも寄る年波はトントをだんだん弱らせていった。まず、歯がだめになった。柔らかい草を食べようとしても、噛めずに口からボロボロ草をこぼした。固形の餌をお湯に浸してマッシュ状にしてやっても、なかなか食べることができなかった。そして、立っているだけで息切れし、そばにいても呼吸の様子が痛々しいほどになり、どんどん痩せていった。

 そしてある朝、夫がいつものように厩舎へ来るのを待ち構えていたように夫の姿を確認してから倒れ、そのまま息絶えた。

 馬や牛が死ぬと、たいていの場合は専門の業者に連絡して、彼らが大きなクレーン付きのトラックで動物を引き取っていく。でも、私たちは家族同様に生活していたトントがドッグフードかキャットフードの工場行きになるなんて、絶対にいやだった。

 そこでショベルカーを手配し、池のそばの庭に埋めた。そこはかつてトントのお気に入りの場所で、デイジーが咲き乱れる芝生の中、よく草を食べたところだ。

 夫はトントの見事なしっぽを記念に切ろうかと迷ったが、やっぱり彼のしっぽはトントの体に付いていてこそ立派なのだから、とそのままにした。

 トントは娘と息子に乗馬を教えてくれた素晴らしい馬。私もトントの乗馬をどれだけ楽しんだことか。他の馬ともけんかせず、穏やかな性格で、最高に良い馬だったと感謝している。

上記写真=娘に乗馬のてほどきを する(!)トント(94年春)



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